えっさ絵手紙通信 平成18年10月9日
発  行:第56号


俑の世界

徒然に想う時の流れに、秋と云う季節の中で、夜明け間近に聞く虫の鳴き声に確執めいた世の哀れみを感じる。さらに燃え尽きた余韻の中で、目的を果たした疲れを癒すが如く虫の命の儚さを感じる。
最近は「唐詩画譜」をかいている。酔っているのかもしれないが、描きたい気持ちがそうさせる。唐詩画譜の持つ雰囲気は今でも生きているし教えてくれる。その教えは「ロマン」である。ロマンとは?私の持論で恐縮であるが「自然界と人間愛の触れ合い」である。夢とは異なる次元の世界である。
唐詩画譜の世界で云う人の心は、必然的に宇宙との対話に過ぎない。まして生きているものへの語りかけは存在しない。そこにあるものは月・風・山・川・花からして織りなす葛藤に近いドラマである。
その気持ちを「伝えたい」と思うところに絵のある手紙が存在する。言葉でイメージを表現するには、原稿用紙が何枚あっても足りない。しかし「絵」にすることでイメージは広がる。勝手な解釈かも知れないが「絵」の持つ力は言葉以上に豊かな表現力を持っていると云える。
俑の世界を書く積りが全く別なことを書いてしまった。(^J^)

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